花の家


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宮田 さよ子 執筆活動・取材

2006年1月から6月まで

1月15日 京都新聞 暖流(コラム)『若者たちと福祉』
1月20日 隔月間誌 介護リーダー(日総研)連載『看取りの形』
〜いのちの花咲くケアの実践 第2回
終末期における豊かな生を全うしてもらうために
2月26日 京都新聞 暖流(コラム)『看護師の役目』
3月20日 隔月間誌 介護リーダー(日総研)連載『看取りの形』
〜いのちの花咲くケアの実践 第3回
看取りケアの中での“家族とのかかわり”を通して
5月18日 京都新聞 掲載『親と子の風景』入所者の優しさで「母の思い」を継いだ(宮田のり子)
5月20日 隔月間誌 介護リーダー(日総研)連載『看取りの形』
〜いのちの花咲くケアの実践 最終回
今こそ追求してほしい施設での看取りの形


コラム

京都新聞「暖流」 2005年(平成17年)7月17日 日曜日 

『認知症の人』

「おふくろ(おやじ)、ボケたんか」などと言って、恐れたり、家族ぐるみで認めようとしなかったりしてきた病気、認知症。極度のモノ忘れからくる、不安感やイライラが主な初期症状のこの病気は、病気としての市民権のなさこそが大きな問題なのかも知れない。
認知症のお年寄りの看取りまでのケアを、寄宿舎型の住居にて、二十四時間三百六十五日のケア体制で、請け負うようになってから満十年を超えた(八年前からはリビングルームを中心にした「花の家」)。これまで(平成17年7月現在)看取った方は三十六人になったが、どの方とのお付き合いも、最期に残るのは良い思い出ばかり。お世辞だよと笑われるかも知れないけれど、「花の家」を見学した人たちは、「温かい雰囲気ですね」と口を揃えたように言ってくれる。それが本当ならば、温かさを醸し出す中心にいるのは、他ならぬ認知症のお年寄りたちだ。そんなお年寄りの陰になり日なたになりして、お相手をするのがスタッフである。時には言葉の使い方を間違えるスタッフもいて、おしかりを受ける。それでもありがたいことに、すぐに忘れてもらえる。
先日、ホームページで知った「花の家」を、修学旅行の研修先に選んでくれた静岡の中学生が、三人で訪れた。その初々しい笑顔に、認知症のお年寄りは大喜び。「よく来たね」と手を取って言い、目を潤ませて「また来ます」と約束する彼女たち。こういう場面を、幾つもつないでいきたいと思う。誰もがみんな、認知症の予備軍だから。
(日本いのちの花協会代表)

京都新聞「暖流」 2005年(平成17年)10月9日 日曜日

『我が家が良いか』

ケアを受けるのは、我が家が良いという。実は私も十五年前のある日まで、漠然とそう思っていた。訪れたのは、ある女性団体のリーダーのお宅。のどかな田園風景の残る大きな屋敷の多い地域だった。
そこで聞いたのは、その地域の多くのお年寄りが、「ぼけたり動きにくくなったら、隠居所で放ったらかしにされている。食事は一食分を、家族の食事が終わったころ持って行って置いてくる。一日中誰とも話さず、ほとんどがケアらしいケアを受けることはない」ということだ。
在宅以外の場所での要介護高齢者に対する非人間的な扱いを思い煩っていた私は、在宅もまた、悲惨な場になり得ることをこの時に知った。
人間らしい、より豊かな生を全うするためには、そこが我が家であるかとか、広い個室のある施設であるかとかが問題ではない。ぼけたり動けなくなったとき。人間としての尊厳性を左右する課題は何か。それは、ケアに当たる人の資質と交代できる人の数、および癒しがあり孤独でない雰囲気づくりであると言える。
介護保険制度ができた今も、現実的で人間らしい介護を困難なものにしているのは、住まいとしての入れ物にこだわるまだ元気な人たちの思いと、家父長制度の名残とが一種のロマンティシズムとなっているのかもしれない。くり返すが、要介護者となった時に必要なのは、「家」ではない。その人が最後まで大切にされながら、医療もケアも癒しも受けられることこそが必要なのである。
(日本いのちの花協会代表)


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