沿革

代表、宮田さよ子が、医療の現場と社会福祉の実践を通して、ホームヘルパーの派遣だけでは、病弱虚弱な高齢者の方々の尊厳ある生をを豊かに支えることが出来ないことを実感し、総合的ケアの知識と技術を持つ人材育成の研修機関として開設。ケアワーカー養成講座の開設、その講習修了者の協力を得て、デイケアサービス、在宅サービス、リハビリくらぶ等に取り組む。

周囲の者の勝手な都合や思い込みで、終末医療を進めるのではなしに、生命の主人公としての希望を主張しようと、インフォームドコンセントと尊厳死を求める「いのちの花の会」を発足させ、会員カードを発行。「京都在宅ケア研究所」を「日本いのちの花協会」に改称し、有限会社とする。
お世話を必要とされる高齢者の方々が、最期のときまで少人数の家庭的な雰囲気の中で、毎日を楽しみながら暮らしていただけるよう、経験を積んだ看護師と介護の訓練を受けたケアワーカーが責任を持って、病気のケアと日常生活のあらゆる面を心を込めてサポートする(高野の花の家)を開設。続いて、(みかげの花の家)も開設する。
高齢者マンションにて、24時間365日体制の在宅ケアを実施。医師及び医療機関と提携した看護師のお世話と、より豊かな暮らしを支えるケアワーカーのお世話というチームケアで、人間的で苦痛なく残された人生を全うしていただくホスピス機能と終末期の看取りの看護を行うターミナルケアを実現する。

居宅介護支援事業者、訪問看護事業所、訪問介護事業所の指定を受ける。
専門看護・介護付き終身ホーム《北白川の花の家》を開設。
《いのちの花ガーデン》を大津市に開設。


「介護のいろは教室」を開始する。

事務局本部を《北白川の花の家 本館》へ移転する。





















